カンボジア・タイムズ

カンボジア×哲学

【カンボジア】救国党がここまで躍進した理由。

救国党が力を伸ばした理由。

 カンボジアでは、ずっと人民党の優勢が続いていたのですが、近年急速に野党が力を伸ばしてきました。

 

僕が考えた理由は三つ。

 

1.人民党の腐敗

2.国内での格差の拡大

3.薄れゆく内戦の記憶

 

 

それでは一つずつ考えていきます。

 

理由その1:人民党の腐敗

 人民党は1993年に行われた選挙からずーっと政権の座についています。

 

その間なんと24年間!!

 

政治に流動性がなくなった結果、「汚職」なども当たり前のように行われるようになりました。

 

「権力は腐敗する」という言葉通りに。

 

しかし、カンボジア国民がそれを告発することは極めて厳しい。

 

カンボジアの富の大部分が官僚に偏在していることを暴いた研究者は射殺されました。

最大野党の党首は「国家反逆罪」で逮捕されました。

政権に批判的な新聞は廃刊を強いられました。

 

現在のカンボジアでは、国民全体の発言が監視されているといっても過言ではないくらい、政権に対する批判は厳しく制限されています。

 

そういった現状に嫌気が指した人々が多いのではないでしょうか。

 

理由その2:国内での格差の拡大

これは日本国内でも常々指摘されていることですが、カンボジアでは日本以上に格差が広がっています。

 

tatsuyatanaka.hatenablog.com

 この記事でも言及したように、最低賃金は確実に上がってきていますが、それでも最低賃金は153ドルです。

平均家賃が150ドルのプノンペンではとても生活をすることができません。

 

けれど、イオンモールに行けば、一つ100ドルもするバッグを山のように買う人もいる。

 

こういった格差を目の当たりにして、特に低所得者層を中心に「変革」を求める声が上がっているのです。

 

理由その3:薄れゆく内戦の記憶

独裁政権であったとしても、今まで支持率がそれなりに高かったのは「苦い内戦の記憶」を持っている人々が人民党に投票していたことも要因として考えられるでしょう。

 

多大な犠牲を払った内戦がようやく終結して、平和が訪れた。

その時に政権の座についたのもまた人民党だったのです。

 

またあのような悲劇は繰り返したくない。

そういう想いから現状維持を強く願って人民党に投票している人々がいるのです。

 

しかし、カンボジアに平和が訪れてから20年以上も経過しています。

都市部に住んでいる若年層のほとんどはもう内戦の記憶はありません。

 

彼らは、腐敗しきった現状を変えるべく救国党に投票する人々が多いのです。(実際去年の地方選挙で、プノンペンでは救国党が優勢でした。)

 

しかし、その救国党は解党されてしまった。

今後の動向に注目です。

 

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【みんなの反応 inカンボジア】救国党の解党を受けて。

11月16日、救国党が解党。

 一昨日こんな記事を書いた矢先、救国党が解党されたとのニュースが入りました。

tatsuyatanaka.hatenablog.com

 

【みんなの反応】解党ショック、支持者に広がる。

・救国党が解党された…。信じられないよ。

・これからどうなるか、本当に心配。

・この行いは極めて危険な上に国際社会で孤立してしまう。

 

facebook およびtwitterでのカンボジア人の反応の一部を引用。)

 

また、海外メディアはこの出来事をこのように伝えています。

この決定はカンボジアの民主主義の土台、もっと言えばカンボジアのこれからの「選挙」制度を完全に打ち壊してしまった。来年の選挙もこれで「正当な選挙」はできなくなってしまった。

 

(出典:The House Foreign Affairs Committeeの文章を訳出)

 

今までは外部団体の選挙監視で「それなりには」正当な選挙が行われました。

しかし、来年の選挙はこれで正当性は完全に失われました。

いくら選挙監視をしたって、主要な野党自体がなくなってしまったのですから。

 

<ダイジェスト―人民党による弾圧>

(以下はここ1年の動きを上から時系列に並べています。)

 

・政権批判した研究者を射殺。

・政権批判した新聞に多額の罰金を科し、払えなかったので廃刊。

・最大野党の党首を国家反逆罪で逮捕。

・人民党が選挙で負けたら内戦を起こすと脅迫。

・人民党が救国党の解党を求めて最高裁に提訴。

最高裁が救国党を解党。救国党員の5年間の政治活動を禁止。

 

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民主主義はどこに?カンボジアの政治事情

 『それは、カンボジア社会の病気なんです。』

ある日、いつもお世話になっている通訳さんがこんなことを言いました。

 

カンボジアは長い間、ずーっとある病気にかかっています。カンボジア人は長きにわたって二つに分断されています。昔はポルポト派と反ポルポト派に。そして最近では、人民党(与党)支持と旧国党(野党)支持に国民が分かれています。人民党を支持したくない人はたくさんいます。けれど、人民党に逆らうことは決してできない。同じ同胞が分断され続けていること、与党が怖くて意見を言えないこと、これがカンボジア社会の病気なんです。

 

独裁国家の綻び

カンボジアでは、内戦が終結してからずっと「人民党」が政権を担ってきました。

人民党に反対する勢力は逮捕されたりもしていて、みんなうかつに政権批判なんてできません。

 

カンボジアは、いわゆる「独裁国家」なのです。

 

しかし、近年はその独裁体制に綻びが出ています。

特に去年の地方選挙では、最大野党の「救国党」が躍進し、あと一歩で人民党に選挙で勝つというところまできたのです。

 

来年はいよいよ国政選挙。

もしかしたら「人民党」の終焉の日が来る…。

その気配すらただよっています。

 

もちろん、その気配は人民党も痛いほど感じ取っています。

その焦りからか、日に日に言論の弾圧が強化されています。

 

政府による弾圧強化

 

さらに、人民党は救国党の解党を求めて裁判所に提訴する模様…。

 

どうか、平和なカンボジアでいてくれよ。 

(11月18日追記:最高裁が救国党の解党を決定…。)

 

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カンボジアでスラムが形成された理由―経済発展の裏側

プノンペンのスラム―ホワイトビルディング

https://www.instagram.com/p/BUJ0dIbhALu/

渡航の時に撮った写真から。今までこの建物(White building)は単なるスラムだと思っていたけど、今日たまたま発見した記事を見てたら、実はここは低所得者が住んでいるだけでなく、アーティストのコミュニティにもなっててストリートアートの発信地でもあるみたい。一面だけを見て語れないなって強く思った。

上の写真に写っている建物は、通称ホワイトビルディングと呼ばれている、いわゆるプノンペンのスラムです。

どうしてカンボジアにスラムが現れたのか、今日はそれを考えてみることにします。

 

スラム―経済発展の影で。

内戦が終息したのち、カンボジアでは国内外からの土地への投資が急増しました。

内戦中は未来への見通しが立てられないので、とても投資なんてできません。

 

内戦終結後、平和が訪れ治安も安定してくると、見通しが立てられるようになり、カンボジアの経済が動き出したのです。

しかしその結果、土地代が上がり家賃も上がり、所得が低い人々は家に住むことができなくなりました。

 

家を追われた人々は、ホワイトビルディングのような低所得者向けの団地に集住したりバラック小屋を建てたりして生活したのです。

それがスラムの始まりだと言われています。

 

ホワイトビルディング―

現在、ホワイトビルディングがある地域はものすごい勢いで再開発が進んでいます。

 

 

開発に邪魔な存在であるホワイトビルディングは何度も不審火事件が起きました。

何度も立ち退きを迫られました。

 

住民たちはそれを拒否しました。

行く先がないから。

 

しかし、2017年11月現在、このホワイトビルディングは取り壊されることが決定。

 

日本主導で。

 

この跡地には、日本企業のオフィスが建つそうです。

 

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僕が目指す世界―それは「分かり合うこと」が強制されない世界だ。

以下の引用は、僕が四年前に別のブログで書いた記事です。(2017年現在閉鎖中)

 

人は決して分かり合えない

「人は分かり合えるんだ!」


始めに言います。
そんなのは欺瞞です。ありえません。

もし、本当に分かり合えるなら、戦争なんて起こりません。

たとえ「分かり合えた」ように見えても、それは偶然にも見解が一致しただけです。
分かり合えたわけじゃない。

分かり合うには、同じ思想、同じ想いが必要です。


しかし、完全に同じ考え方をする人なんているはずありません。
それこそ千差万別の考え方があるはずです。

それにもかかわらず、ほとんどの人が「人は分かり合える」と思ってる。
これが問題なのです。

分かり合えると思ってるから理解を示さない者に対して、
「なぜわからないんだ!?」ってことになるんですね。

そして、多くの悲劇が生まれる。

「人は分かり合える」という言葉は美しいですが、
裏には「異分子は排斥する」という極めて危険な思いがそこにあります。


自分と他人は違う個体だから考え方も違う。分かり合うことなんてできない。
その認識があって、はじめて理解が生まれます。

「人は分かり合えない」という自覚があるからこそ、
自分と異なる考え方も受け入れようと思えるのです。

 

かなり書き方が過激だ…。あの頃は若かった。

 

大切なことは相手のことをわかった気にならないこと。

「他者は分かり合えない存在なのだ」ということをお互いが共有すること。

その上で相手の存在すべてを受容することです。

 

Twitterで「他者は分かり合えない」ことのいい例がタイムラインに流れてきました。

 

 

「分かり合うこと」が強制される世界では、声なき声は駆逐されてしまう。

 

人が分かり合うことは決してない。

それでも分かり合うことを強制されればどうなるか。

 

強制的な「妥協」が生まれます。

 

誰が妥協を強制されるのか?

 

声が小さい集団(マイノリティ)が妥協するのです。

もっと言えば、声が小さい集団(マイノリティ)が声の大きい集団(マジョリティ)の論理に従属させられるのです。

 

理想は、カラフルだけど色が混ざり合わない世界。

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絵具を混ぜると別の色ができます。

ただ、やってみるとわかりますが、薄い色と濃い色を混ぜると薄い色はほとんどなくなってしまいます。(レモン色と黒色みたいな)

 

分かり合うことを強制される世界というのはこれと同じです。レモン色のようなマイノリティは黒色のマジョリティに駆逐されてしまう。

 

一方で下のモザイク画はどうでしょう。

f:id:pass-code-ex6527:20171114141720j:plain

絵具と同じようにカラフルですが、混ざり合っていません。

 

僕のビジョンは「世界から独りぼっちをなくす」こと。

誰も排除されない世界を目指すこと。

 

そのためには、それぞれが自分がいたい「居場所」を見つけつつも、自分と異なる意見を持つ他者をお互いが理解しようとすることが必要になってきます。

 

このモザイク画のように。

 

今虐げられていると感じている方々へ。

 

 

無理して混ざり合うことはない。

「わかってもらえない」と思い悩むこともない。

 

なぜなら、人は元々分かり合えない存在なのだから。

 

だから、分かり合えなくても理解しようと懸命になってくれる人のところにいこう。

 

自分の居場所は、モザイク画の一ピースになる。 

 

カンボジアの教育問題:教師の賃金≒最低賃金

今日はカンボジアの教育問題について考えていきます。

 

教育問題って言っても「識字率がどうたら」とかはググればすぐに調べられると思うので、今回は「カンボジアの先生(特に小学校の先生)の所得」に焦点を当てていきます。

 

・先生の賃金は右肩上がり。だけどほぼ「最低賃金」。

実は、カンボジア全土で所得は猛烈な勢いで上がっていて、それは教師でも例外ではありません。

今から四年前、僕が大学一年の時に先生にインタビューしたときは所得が80ドル程度でした。

 

しかもこれは日給ではありません。月給です。「一か月で80ドル」です。

 

それが、去年インタビューしたときは「180ドル以上」もらえると言っていました。

 

これだけ見ると、カンボジアの教師の暮らしぶりはかなり上向き傾向にあると思われます。けれど、それでも生活はいつもぎりぎり。

なぜなら、いくら賃金が上がっても、先生の賃金はほぼ「最低賃金」に等しい額だからです。

 

図 最低賃金と上昇率の推移

(出典:JETRO HP)

上の棒グラフが示す数値がカンボジアのその年の最低賃金です。

今年は一か月153ドルです。こう見ると先生の所得、180ドルもそう高くない気がします。

 

・180ドルでプノンペンで一人暮らしができるか?

結論から言えば、ほぼ不可能です。

だって、プノンペンのアパート(それも外国人が住むリッチなものじゃなくて地元住民が多く住むリーズナブルなもの)の平均家賃が大体150ドルです。

もちろん残り30ドルで生活なんて絶対無理。

プノンペンの郊外だったら80ドルくらいであるそうですが、それでもたったの100ドルしか残っていません。

 

ローカルな屋台飯が一回2ドルくらい。

それでも一日三回食べれば6ドル。10日で60ドル。30日で180ドル。

そこに水道光熱費、通信費、交際費…。

 

とてもプノンペンで一か月180ドルでは生活できないのです。

 

・実際、先生はどう生活しているのか?

さらに住居費が安い村に住んでいる先生もいます。

また、住居費をかけずにお寺に住み込みながら学校で教えている先生もいます。

 

そして、多くの先生が副業で「塾講師」をやっています。

学校の敷地内で、学校がやっていない時間帯に「塾」を開くのです。

学校ではあまり教えず、塾の方に注力している先生もいるほどです。

 

こうして、塾に行ける子どもと行けない子どもとの間に教育格差ができあがります。

 

それでも安易に先生を非難することはできません。

先述したように、そうしなければ生きていくことすら難しい現状があるのです。

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かわいそうなのは、誰だ。

「かわいそうなのは、誰だ。」

 

このタイトルは、同じカンボジアブロガー仲間であるハラハタミオさんのツイートからインスピレーションを受けております。

 

僕も「今度カンボジアに住むんだ!」って言うと

カンボジアって貧しいんでしょ?」とか

カンボジアって地雷がいっぱいあるんでしょ?」とか

カンボジアって食べる物にも苦労するでしょ?」とか言われるわけです。

 

そしてそれに続く言葉が

「なんてかわいそうなんだ。」

 

百歩譲ってかわいそうな状態だとしても、彼らが何かしようとすることはありません。

ただ、勝手なイメージを膨らませて終わり。

 

僕は、そういったイメージを持っている人にこそ、カンボジアに来てほしい。

もちろん発展途上にあるカンボジアには、改善していくべき点がたくさんあるでしょう。

 

ただ、日本が忘れてしまった豊かさもそこにある。

(豊かさに関する記事は別媒体で書いています。)

wakuwork.jp

 

https://www.instagram.com/p/BY16pppn_hC/

至高のクイティウ#ファインダー越しの私の世界 #東京写真部 #tokyocameraclub #cambodia#料理

僕がカンボジアで食べた至高のクイティウ。

これを食べたことないなんてかわいそうだなあ。

 

「とても貧しい」カンボジアの首都、プノンペンは毎日のように変化を遂げています。

https://www.instagram.com/p/6kXt3JGmbF/

プノンペンの夜景。

 

かわいそうなのは、誰だ。

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