カンボジア・タイムズ

カンボジア×哲学

学生団体を引退しても、カンボジアはそこにある。

とても悲しいんです。

募金のときに「カンボジアの子どもたちのために!」と叫んでいた人が、学生団体を引退するとカンボジアの子どもたちのことをすっかり忘れてしまうことが。

 

学生団体を引退しても、カンボジアはなくならない。

カンボジアの人々は今日だって同じようにそこで暮らしています。

 

何も学生団体を卒業した人全員、直接支援に携われと言っているわけではないんです。別のことに興味が移るのも全然ありだと思います。

 

ただ、直接現地に行く機会は減っても、ボランティアをしたり寄付をしたり現地と間接的につながることはいくらでもできるのにそれを選択する人がとても少ないことが悲しい。

 

自分がカンボジアに行ける学生の間だけ、期間限定の「カンボジアの子どもたちのために」というフレーズはとても偽善的に聞こえます。(そうでなくても、僕はこのフレーズが嫌いです。それはまた別の記事で。)

 

僕らの思い出のために彼らは生きているわけじゃない。

 

思い出のために行くんだったら、最初から観光で行けばいいのにと思ってしまいます。

より深い一面が知りたかったら、国際交流を目的にすればいいんです。

 

「映画を見てかっこよかったから」という理由で、期間限定の支援活動を行うということに、僕はどうしても引っかかってしまう。

 

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